09 | 2017/10 | 11

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アトレティコに認められた高校生・上 

※今回の記事は、「フットボリスタ」3月26日号の川内イオ氏の連載を抜粋・編集したものです。筆者体調不良&明日も仕事&原稿が溜まっているため、2回に分けます。

昨年11月中旬、「内田将志、アトレティコ・マドリーからオファー」というニュースが日本を駆け巡った。この報道は、静岡の加藤学園暁秀高校の3年生FW内田将志がAマドリーのセレクションに合格、他クラブも興味を示しており、1月に再度スペインに渡って練習に参加、同時に良い条件のクラブとの契約を目指すというものであった。

日本の高校生が実力を認められてスペインのプロクラブに加入するとなれば、前代未聞の出来事である。1月末、AマドリーBの練習に参加していた内田を訪問し、オファーの経緯とともに彼の〝これまで〟と〝これから〟を尋ねた。





内田が初めて欧州を意識したのは、小学校3年生の時だったという。TVで観た98年フランスW杯でのジダンのプレーに惚れ、「いつか自分も」と夢を膨らませてきた。

時は経ち、加藤学園暁秀中学の3年生になった内田は04年3月、父親の知人を介し、春休みを利用して1週間Aマドリーのカデテ(15、16歳)の練習に参加した。

この時、内田は自信を掴む。

「フィジカルの差は感じたけど、スピードとテクニックは日本と同じくらい。自分でもプレーできると思いました」

この短期留学後、内田は暁秀高校サッカー部に入部。チーム練習に加えて個人練習を重ね、静岡県選抜に選ばれるレベルにまで得意のドリブルと得点力に磨きをかけた。

そんなサッカー漬けの毎日を送る中で、一本の電話が内田の運命を変える。3年前の内田のプレーを覚えていたAマドリーからの、セレクション参加の誘いだった。

07年夏、内田は単身マドリッドに乗り込む。1カ月に及ぶキャンプには、欧州、南米などから同年代の約35人が参加。内田はここで参加者中最多となる8試合7得点を挙げ、AマドリーのOBで現在下部組織の指導をするミリンコ・パンティッチ、同じくOBのエルマン・ブルゴスから高い評価を受ける。そして貴国から約2カ月後、Aマドリーからオファーが届いたのである。

以下、明日へ続く。
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