07 | 2017/08 | 09

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アジア杯終戦のお知らせ  

シーソーゲームを決定付けるのは、いつも「個」の力だ。敗戦は、つまるところその差。ある著名人は「MS(モビルスーツ)の性能の差が戦力の決定的な差ではない」という名言を残していますが、これは一面では真実であり、一面では間違っている。やはり最後はどうしても個による打開が必要となってくるからだ。そういうタレントが日本にはおらず、サウジアラビアにはいたということ。3-2という結果の帰結は、そこに至る。2失点を招いた阿部の緩慢で注意力不足な守備、ゴール前で急速に勢いを失う攻撃陣。鈴木も横方向への動きがいつもより少なかった。「コンディションで上回っている」というのは虚報だったのかと思えるほど全体的に動きが鈍く、全てが後手に回り、ついには力尽きた。

粗探しは際限なく、課題も幾らでも挙げられる。しかし、悲観的過ぎる批判は相応しくない。日本はいつからアジアでぶっちぎりの存在になったのか。識者達は何度も繰り返してきた。日本、韓国、イラン、サウジアラビア、オーストラリアがアジアを牽引する「ビッグ5」なのだと。高度経済成長以後の日本は、どうしてか自尊心ばかりが高まり、「自分達に不可能は無い」と自惚れていった。いつしかフットボールでも、「世界に冠たる日本」を求め始めている。拭いがたい違和感が、そこにある。

常にアジアのフットボールを引っ張ってきたサウジアラビアを支配率で圧倒できた事実、それをまずは評価すべきではないか。そこから、内容を検証・精査して次のステップに進めばいい。誇大妄想や過剰な期待で、悪環境を戦い抜いた誇り高きブルーイレブンを汚してはならない。


※質が低すぎる内容につき、気が向いたら修正します。
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