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07 | 2019/08 | 09

現実と虚構の狭間で 

ヴァーチャルな恋愛とリアルでの恋愛

ネット環境の普及によって、絶対領域であり嘲笑の対象ですらあったその境界線が曖昧になってきているようだ。

数回のクリックで電脳世界へ飛び込めば、画面越しに何でも話せて自分を見せられる。秘められた心すら、誰かに晒して発信し、救いを求めることまで許される。本当の顔を互いに隠したままで…。

打ち込まれた言葉達は様々に姿を偽り、甘言を弄し、独りを恐れるばかりの儚き兎達に牙を立てにかかる。それでも、虚構の持つ残酷さや無機質さを心の片隅で感じながら、小さき兎達は自らの弱さや「独りであること」を認められず、心の空隙を埋めてくれる存在がどこかに居ることを望み求めてしまう。

直接向き合って傷つくのは、痛みに耐えられそうにない。けれど、見ず知らずの相手なら、例えそこだけの存在にしかならなくても元々在りはしなかったのだとデリート出来るから大丈夫。

捻じ曲がってしまったヒトの繋がり。

あやふやになったヒトの関係性。

凶器としての、ココロを攫うツールとしてのチカラを得てしまった言葉。

偽善によって築かれて往く虚構の現世(うつつせ)。

出会いが、単にスピリチュアルなところへ昇華したわけではない。

むしろ聳え立つ壁を前後左右に張り巡らせ、小さき穴から生じる光だけに自らを投影させて、見せ見られているだけだ。

極論だろうか。

「固定概念に囚われ、常識や作法という支配律によって自由を捥(も)がれたキミは時代遅れの存在だ」

そう、こき下ろされるのかもしれない。

それでも、私はなお叫ぶ。

いつか現実と虚構が交差しようとも。

全て一緒くたになろうとも。


ヒトが汚されて逝く――。
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