07 | 2017/08 | 09

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過去に届いた言葉の贈り物~1~ 

人は愛を重ねる程に愛を知り、愛の意味と在処が心を縛る様になる。

だからこそ、どんなに奇跡にしか縋(すが)れない状況であっても、どんなに綺麗な人が近くにいても、迫る終わりを忌避し、死に物狂いで努力する。

どれだけ罵り、どれだけ解らなくなろうと、心の位置は決して変わらないもの。男なら尚更。いや、男だけに在る感覚。

縛られた心が自由になることなんてない。

自分で鎖に繋いだから、自分で─もしくは断罪によって─しか、その痣(あざ)は消せはしないのだから。



(むかし、初めて失恋した友人に贈った言葉は、数カ月前に失った過去へ縋っていた自分自身への言葉だったのかもしれない)

続けよう。


恋愛を重ねれば重ねるだけ、その愛への未練や強さの残滓(ざんし)は深く深くなるものだ。

恋愛に満たない恋愛ゴッコの中で生きてきたから、真実の愛を惜しみ、その心の安住を捨てられなくなってる。時に虚しく、時にイタい自分がいても、未練を断ち切ることができなくなってる。

だから何がしたいんだっていう、明確な目的も意義もないのだけれど、ただ、この愛だけは消えずにくすぶるモノ。それを偽り、消し去ったつもりになるのは、自虐であり見栄っぱりに過ぎない。

だからこそ、私は見苦しく留まり、嘲笑や軽蔑を受けようが、“いつか”を探すのです。意志で、全てで。

それが報われるかどうかは全く無価値な議題だ。無価値なのは、嘘の愛に寄りかかることであり、煮えきらない再出発だと確信するから。

この世界に一つの真実を与えるならば、それは人が人たるにふさわしい真実を抱くこと。愛という純真を。

心を賭けて、愛の意味と失くした痛みを背負っていかなければならない。


何故、こんな今見ると気恥ずかしいだけの文章を公に晒すのか、それはやっと新しい何かを探し始めた友人への餞(はなむけ)に他ならない。

頑張れよ、親友
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