08 | 2017/03 | 09

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言霊、言魂 

言葉を連ね、意味を紡ぎ、心を露わにして誰かに何かを発信するという行為は、いかにも欺瞞に満ちていて、かつ奇異な感じを与えずにいられない部分がある。
それは往々にして商業的であったり、他虐的であったり、無闇な不平不満の残滓に過ぎないモノであったりで、裏に見え隠れする悪意が結露するにつれて姿は濁り、霞み、幻想は霧散する。


最近、ブログの中に虚構の「私」を創り出し、下卑た三文話で耳目を集め、次第に話の中へ巧妙な「商」を混ぜ込み始め、いよいよ目的物の販売へと誘導していく手法が流行っているらしい。


いくら私が若く、馬鹿げた程に激しやすいからといって、


「言葉と物語を愚弄する馬鹿共を糾弾する」


などと偉そうなおためごかしを並べたりはしないが、果たしてそのような手法が奏功し、売上げに結びついたりするのだろうか?


むしろ、後味の悪さや不信感が不買へと動意を運んでいきそうなのだが…。

どうなんだろうか。
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