04 | 2017/05 | 06

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知られざる澤穂希伝説 

かなり時間が経ってしまいましたが、ニコ生の500回記念放送で話した澤穂希選手の中学時代の“伝説”について書き記そうと思います。なお、この話は澤選手と同じ小学校、中学校で、1つ後輩の知人女性Oさんから聞いた事実です。


澤選手は、すでに小学生の頃からテレビの取材が来るほどの“スター”だった。中学生になると読売ベレーザ(当時)に入団。中学1年生の91年に13試合5得点、92-93年には37試合8得点と、傑出した好成績を残した。

まさに、フットボールに没頭した3年間だった。それゆえに、この年代の女子達がつくる「群れ」から外れ、心無い誹謗中傷、いじめに近い行為も受けたという。いかに天性の才能を持ったフットボーラーとはいえ、年端もいかぬ女子。葛藤や悲しみを抱えていたに違いない。しかし、彼女は決して負けなかった。そう、ピッチ上と同じように。

いつしか、彼女は同級生や後輩の“アイドル”となっていた。卒業式の後には、彼女の元にサインや「ボタン」をせがむ女子生徒達の長蛇の列ができた。学校の前の公園は、さながら芸能人のサイン会会場のようだったという。

澤選手の1つ後輩であるOさんも、ファンの一人だった。とはいえ、一度も本人と話したことはない。いつも遠巻きで見ているだけだった。ただ、彼女と話せるとすれば、これが最後の機会。意を決して、公園にやってきた。

来てはみたものの、Oさんはなかなか近付けなかった。その間にも、どんどん列は短くなっていく。ついには、自分以外誰もいなくなっていた。Oさんは当時を振り返って「『ああ、帰っちゃう・・・』と思いながらもオドオドしていた」と苦笑する。

その時だった。

「もう帰るけど、いいの?」

突然、公園内に響いた声は、澤選手から発せられたものだった。

Oさんは、驚き、声をかけられない自分への優しい配慮を喜びながら、慌てて走り寄ると、生徒手帳へのサインを頼んだ。

きっと、何十人、何百人とこなしてきたのであろう。慣れた手付きで黙々とペンを走らせる澤選手を見ながら、Oさんは勇気を振り絞って尋ねた。

「もう、ボタンとかないですよね?」

お目当ては、「第二ボタン」だった。

しかし、答えを待つ前から結果は明らかだった。澤選手の制服からは、ありとあらゆるボタンが消えていたのだ。

「ごめんね、もう全部あげちゃって・・・」

申し訳なさそうに、澤選手は謝ったという。

「そうですか・・・」

と残念がるOさんの声が、よほど寂しげだったのかもしれない。あるいは、澤選手の類希なる“キャプテンシー”が、芽吹き始めていたのだろうか。

次に彼女の口から出た言葉は、想像を絶するものだった。

「じゃあ、これあげるよ。もう着ないし」

そう言うと、彼女はおもむろに制服の下に着ていたベストを脱ぎ、Oさんに手渡した。

全く予期できなかった展開にしばらく呆然となりながら、なんとか感謝の意を表したOさんを残し、澤選手は颯爽と去っていったという。

今でも、Oさんの実家にはサインの入った生徒手帳がある。インクの色はやや薄くなったが、当時の記憶はなお鮮明に残っている。唯一の心残りは、その後の数回の引っ越しで、ベストが行方不明になってしまったことだ。

「絶対に捨ててはいない」とOさん。Oさんのとは明らかにサイズの違うベストは、今も実家のどこかで眠っている。いつか、その伝説とともに子や孫へと受け継がれる日を夢見ながら――。

---------- キリトリ -----------

オチを付けるわけじゃありませんが、卒業式の後、公園でできた行列に男性は一人もいなかったそうです(苦笑)。

それにしても、この男気。とても15歳の女の子の行動とは思えませんよね。話は、我が家で親しい友人達と7人で飲んでいた時に聞いたのですが、誰もが「おおおおお!!!」となりました。

Oさんは「たぶん、本人は覚えていない」と言っていましたが、いつか本人に確認できたらいいなと勝手に願っています。

あとは、ベストが無くなっていないことを祈るのみw
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コメント

Re: 知られざる澤穂希伝説

澤さん、カッコイイ!!
さすが「澤兄貴」と一部で呼ばれるだけのことはあります^^;
私には、こんな男気はないなぁ・・・。

まさに兄貴

>どらぐら様

さすがですよね~。これはカッコイイ。ファンになっちゃいますよね。

自分も、そんなことをやってみたいですが、ファンがいませんwww

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