09 | 2017/10 | 11

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プロフットボールクラブが消えるということ(前編) 

※超ワールドサッカー内の神尾光臣氏のコラムより

メッシーナには、「ビッラ・メッシーナ」という地元ブランドのビールがある。否、正確には、あった。

創立は1923年。良質な東シチリアのネブロイド山系の湧水を使用して造られたピルスナービールで、すっきりとした味でいろんな料理に合わせることもできた、シチリア自慢のブランドだ。しかも、値段も安かった。工場はFCメッシーナの旧ホーム・スタジアムであるスターディオ・チェレステの並びにあった。だが、大手メーカーの競争力には勝てず、1990年にハイネケンのイタリア法人に買収されて以降は味の独自性も失い、2007年にはハイネケンはメッシーナ工場の閉鎖を決断。そして08年6月に撤退した。ビッラ・メッシーナのブランド自体は存続するが、生産は南伊プーリア州にあるハイネケンの工場で行われ、もはやシチリア産ですらなくなるのである。

同じ年にプロフットボールクラブ・FCメッシーナが消滅したのは、奇妙な一致とも言えた。02年、フェリー会社やホテル業などを抱える地元の盟主フランツァ家が経営権を取得してからは、僅か2年でセリエBに昇格。そして柳沢が移籍した04/05シーズンではいきなりセリエAで7位に食い込んだ。しかし、他のクラブに対抗するため急激な資本増強を行ったことが仇となり、約5億8000万円の負債が嵩んだ。そして7月14日にクラブは経営破綻と見なされ、来シーズンのセリエB登録から外された。このことはここまでもお伝えした通りである。

その後の救済策も、結局上手くいかなかった。別会社として経営陣を立て直し救済措置を申請するなら、プロリーグの最下層である第4部C2(来季からはレーガ・プロ・セコンダ・ディビジオーネと名称変更される)からやり直すことができる。メッシーナのブッザンカ市長はその後、ミラノの資本家グループを率いるカッツァニガ氏を招聘。プロリーグ救済措置である「ペトルッチ特別法」適用を申請したが、認可は通らなかった。結局メッシーナは7月31日、レーガ・プロ登録からも外され、プロリーグから完全に撤退することになった。

ペトルッチ特別法とは、イタリアサッカー協会(FIGC)内部規約第52条に記載されている条項のことだ。そこでは「セリエAもしくはBに10年間所属、または少なくとも25年間プロリーグとしての経験があるクラブが登録不可となった場合、市長が申請を行えば、同じ地域の別会社を発足させたもとで、2部下のカテゴリーからやり直すことができる」と規定されている。

しかし新たな経営破綻を防ぐために資本面ではそれなりのハードルが課せられている。登録に際し、新会社は詳細な経営プランを提出しなければならないし、約1600万円の登録保証金、また監督や選手に対する約8300万円の特別保証金を用意しなければならないのもその一つだ。

カッツァニガ氏にとっては、この保証金がネックとなった。C2を闘うチームを用意できるだけの資本は用意していたのだが、保証金を全部支払えば補強にハンデになると判断。FIGCには保証金の分割払いを要求し、それが通らなければメッシーナの経営権を取得しないことを決断した。案の定、FIGCはこの要求を受理せず、C2の登録からは外した。カッツァニガ氏は離れた。かくしてメッシーナは、セリエBに降格して小笠原が鹿島に戻った後、僅か一年でプロフットボールクラブとしての命脈を絶たれた。

04年8月から、メッシーナを見てきた。街のあちこちは赤と黄色で染まり、「A」の落書きも至る所に出現した。当時の純真無垢なファンのフィーバーぶりを考えれば、今の事態は痛ましいことには違いない。1日、メッシーナに赴き、メッシーナ最大のサポーターズグループ「ジョベントゥ・ジャッロロッソ」のリーダー、ニーノ・マルトラーナ氏のもとを訪ねた。

---------- キリトリ -----------

続きます。

セリエAのクラブはほとんどが赤字経営です。TV網の発展、スタジアムの危険性アップ、国内の不景気などの影響で入場料収入やスポンサー収入が毎年減少。プレミアリーグやリーガ・エスパニョーラとの差は開く一方です。特にプロビンチアのチームは非常に苦しい経営を余儀なくされており、生き延びるだけで精一杯なのが現状。今後も第二、第三のメッシーナが出てきても何らおかしくありません。
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