05 | 2017/06 | 07

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バックパスの深層 

※フットボリスタ12月10日号の河治良幸氏の同名のコラムより。文章がおかしい点などを修正

日本サッカー協会の犬飼会長が「育成年代でのバックパス禁止」を示唆した。日本では彼に限らず、バックパスにネガティブなイメージを持っている人は多い。いわく、勝負に行かない逃げの行為、決断の先延ばし、気持ちで負けていることの表れ・・・。しかし、パスコースの確保、余計なボールロストを減らす、プレスの回避などメリットは決して少なくない。果たして「バックパス=消極的」は本当なのか?実際の数字からバックパスの真実を明らかにする。

一見すると、バックパスは消極的な戦法にも映るが、実際は攻撃的なフットボールを標榜するクラブでも数多く用いられている。なぜなら、フリーで前を向ける味方にボールを預けることで、積極的な仕掛けの布石となり得るからだ。

マンチェスター・ユナイテッドは、高い個人技をベースに勇猛果敢に攻めるイメージが強いが、実は最もバックパスを多用するチームである。チャンピオンズリーグのビジャレアル戦は敵地ながらボール支配率54%を記録したが、バックパス数も54本と相手を17本上回った。特徴的なのが、そのうち33%の18本が自陣で出されたものということ。その理由は、バックパスを精度の高いロングキックを蹴るための布石にしていたからだ。

ロングキックの落としを中盤が拾い、個人技で仕掛けて決定機に結び付ける。これはユナイテッドの主要な攻撃手段の一つだ。ただし闇雲に長いボールを蹴るのではなく、バックパスを使って体勢良く前を向ける選手にしっかり預けてから実行することで、精度と成功率を高めている。前線が長身のベルバトフでなく、ルーニーであれば、さらに精度の高いロングボールが求められるので、一度戻す意識はなおさら重要度を増す。この試合ではDFへのバックパスが26本、GKへのパスは8本を数えた。つまりバックパスの約65%がDFかGKに向けられたものだったわけだ。

とりわけ目立ったのが、左CBエバンスへのバックパス。10本のバックパスを受け、それをことごとく前方にロングキックしている。エバンス自身は1本もバックパスを出さなかったのも注目点で、彼の正確なロングキックを生かそうとするチームの意図と、それを彼本人がよく理解していることが分かるデータだ。

GKクシュチャクもバックパスを受けると、縦に蹴る意識を徹底していた。一方で、フィードの名手として知られるファーディナンドがバックパスを受けた本数は5本、しかもそのうち4本はクシュチャクに戻している。これはGKのサポート意識に加えて、ビジャレアルの1トップ、G・ロッシが主にファーディナンドのサイドでチェイシングを仕掛けてきたことが影響していると思われる。

ユナイテッドのバックパスが増えた理由は、もう1つある。

それは、攻撃の中心であるC・ロナウドのバックパスが多かったためだ。なんと両チーム最多の11本のバックパスを記録。理由は明白だ。複数の守備者に張り付かれることの多い彼は、サイドで縦に仕掛けるのが不利と判断すれば、即座に後方でフリーの味方に戻しているからだ。一度自らサイドにマークを引き付けているため、バックパスを受けた選手が反対エリアに展開すれば一気にチャンスは広がる。そうなれば、逆サイドの味方は有利な状態でドリブル、あるいはシュートに繋げられるのだ。

たとえ圧倒的な個人技を持つ選手であっても、状況によって「勝負」と「回避」を使い分けている。回避は逃げではなく、有利な体勢で味方に渡したり、その後の展開をつくるための布石でもあるのだ。

---------- キリトリ -----------

これはまったくその通りのことで、多くの識者が盲目的な「バックパス禁止」に異を唱えています。そもそも、ドイツ滞在の木崎伸也氏がドイツのフットボール協会に「育成年代ではバックパスを禁止しているのか」と尋ねたところ、鼻で笑われたそうです。もちろん、犬飼氏は“消極的”かつ“臆病な”バックパスを禁止させたいのであって、全てのバックパスを禁止したいわけではないのでしょうが、その辺りの説明不足から多くの誤解を招いているのは間違いありません。「口は災いの元」という諺を、これほど体現している人もいませんね。

さて、私は12月4日で27歳になりました。もはやめでたくも特別なことでもないですが、1年の目標を立てるには元日と並ぶ最適な日ですよね。なんの根拠もないですが、個人的には26歳でも28歳でもない27歳という時期を以前から重要な転機と位置づけていました。仕事でも、プライベートでも、何か一歩踏み出したいと思っております。そんな決意を綴って、本日は終わります。

FM日記はちょっと難航していまして、公開の目処が立っておりません。すみません。ちなみに2009は短期集中連載として「ボロカッスルを立て直せ!」なんかを検討してます。これも未定ですが・・・。なんか全てが中途半端でいかんですな~。
(;つД`)
スポンサーサイト

秋という名の結節点 

夏はようやく長い役目を終えて、秋が大地を覆い始めた。

夕空は橙に縁取られ、夜が藍色に染められる淡い季節。月影も、どこかゆらゆらと余韻を残している。

風からは生ぬるさが徐々に失われ、冷ややかさが注入されていく。

夜の演奏会は、蝉から鈴虫へと主役が代わった。木々は少しずつ褪せて、朽ちる準備に取りかかる。

森羅万象の全てが移行する期間。

それが秋のカタチ。

生まれいずる「起」の春、雄々しく茂る「承」の夏、生から死へ「転」じる秋、終「結」という名の創造へ至る冬、連環する四季にあって、あやふやで儚げな秋は、ヒト特有の“感受性”を殊更に刺激する。

こ惑的な月の光に眩み、移ろいやすい秋の空に踊らされ、交錯する「出逢いと別れ」、「希望と絶望」、そして「幸と不幸」の境目を見誤ることなかれ。

其は甘美なれど、所詮は幻想に過ぎぬ。

とかく揺らぎ、傾きやすいのはヒトもまた同じ。

物想う秋に、等しく幸あらんことを──。

12月4日という日 

本日をもちまして25歳になった、暁空也です。いつもお世話になっております。
m( __ __ )m

誕生日が来ることをワクワクドキドキしていたのは何歳までだったでしょうか。感動も、感慨も失くなって久しいですが、これからも人生の階段を一歩一歩登っていきたいと思っております。

PESから引退してしまった以外は、当面このブログで扱うモノは変わりません。蹴球関連、Football Manager日記、競馬、詩作、そして雑多なニュース、哲学などなど、私らしい切り口と感性で表せれば良いなと。

可能ならば、もっともっとコミュニケーションをとっていけたら嬉しいんですけどねぇ。私のレスが遅すぎるから一方通行に近いって話もありますがw
(;´∀`)


どにかく、グダグダしたり、更新をさぼったりも目立ちますが、今後とも生温かく見守ってくれたら幸いです。
( ・ω・)∩



拠り代はどこにあるか 

人はその日々書き換えられていく人生という物語の中で、常にヨリシロを求めている。

それが対等な個体である「ヒト」か、帰属するという温かみを付与してくれる「集団」か、はたまた根源的な存在証明としての「意味」かは、それぞれに様々であるが、いずれにせよ、帰巣意識が並外れて強い人類の日常行為は、全て依存と自立の連鎖において帰結する。

集約される。


これは決して悪いことではないのだが、特に精神的に脆弱な若年層や女性は、ややもすれば依存心ばかりが旺盛になり、依存という行為に対して真意や価値を抱いてしまうことになりかねない危険性を孕んでいる。

自傷行為や強度の他人依存、自己消化機能の未発達、代替可能対象への即時転換などは、概ねその悪しき症例と言えよう。

幼稚なる魂が、現代社会というイカレた迷路の中では発達し過ぎてしまった自我や肉体を制御できずにいるから、器(うつわ)ばかり巨大化し、やがて支える土台(=魂)が耐えられなくなる。

理想ばかり華美に飾り、その癖に簡単に繰り返される、薄っぺらい繋がりの数々。吐いて捨てるほど余っているから、永遠さえ無尽蔵に見えてしまうのだろう。

盲目な、哀れなる子羊達の逃走。

土台のない器は、何を幾ら積んだところで結局は傾き倒れるだけのコトなのに…。

拠り代は、決して自己陶酔をあてがう対象ではない。

自らを律し、奮い立たせ、活力を生み、何かを築き上げるための「自負」であり「誓い」であるはずだ。

そこへ辿り着かない限り、ヒトは本当の拠り代を見いだせず、ただくすぶり続けて、大事なモノを逃していくのだろう。

カタチだけの憐憫を頼りに──。

裏にある嘲(あざけ)りに気付くことなく──。


道標となる真の対価を、早く見つけなければならない。

汚泥が乾ききり、浄化する術を失う前に──。





どうしてか、ヒトは自らの独り善がりを認めたがらない。その実、帰属意識が強いくせに、全てを放り投げて独りになろうとする。曰わく、唯我独尊──。

他人の領域に踏み込むのを躊躇し、仮初めの嘘っぱちな「優しさ」で繕うことに慣れすぎると、やがて湧いてしまう厄災。人災。

拠り代を求める側も、なる側も等しく意義を抱きしめ、感情を打通させなければ何ら意味も優しさもないのに、その小さな理解さえ躊躇するから、どんどんと削がれていき、やがて芯棒は倒れてしまう。

一度倒れてしまったモノを再び立てるために込めるチカラがどれだけ膨大か…誰もが解っていても、何故だろう、繰り返されるのは悲劇ばかり。

オトナになれば、オトナでいれば、万事が丸く整うと思っていた。

愚かしいまでの誤認だった。

もっとも、「子供」はより、子供らしい愚鈍さと矮小さと、見るに耐えない児戯を繰り返していて、この所は「こんなモノにココロを奪われてたのか」と愕然とし、比肩する環境なきゆえの「幻視」だったのだと深く悟る。

幸せか不幸せか解らないが、気付けてしまった自分の「青さ」を多少恥じ入ってしまう。

だからと言って、懐かしき日々が汚点に堕ちることはないが──。


定点観測という言葉、価値。定点が上下すれば、観測の意義や角度も変わる。今居る位置はそれなりに高く、かつ見やすいようだ。

関わり合う事象の質の高さが、それを表している。

絡み合う複雑な愛情と、誰かへ惹かれていく昂ぶりと、全方位を独り眺める平穏とが混じり合い、夜はまた「物想う刻」に換わる…。


---------- キリトリ -----------

○フランクフルト・高原、2試合連続決勝ゴール

どうした「ミスター100%」(注:ゴール前で確実に外すことから、当時所属していたハンブルクの地元紙に名付けられた)、なんとなんと2試合連続でゴールゲットです!!!
(((゜д゜;)))

しかも、味方のシュートがそのままでは止められてしまうのを予測し、走り込んでダイビングヘッドでコースを変えるとは、驚嘆すべき見事なパフォーマンス。日本人プレイヤーってのは「確変」中は滅茶苦茶素晴らしいゴールを生み出しますねぇ。稲本しかり。

このゴールが勝ち星に繋がったというのも価値があり、今季は5点くらいは決めそうな勢い。7点いけば万歳って感じかな。


○IZAM、吉岡美穂が結婚

人気タレントの吉岡美穂(26)と3人組バンド「SHAZNA(シャズナ)」のボーカル・IZAM(イザム=34)が結婚することが8日、スポーツ報知の取材で分かった。今月中に入籍する予定で、吉岡は現在、妊娠3か月。2人は昨年11月に知人を介して知り合い、極秘交際を続けていた。まだ同居はしておらず、結婚式は来年を予定している。IZAMは1999年9月にタレント・吉川ひなの(26)と離婚しており、再婚。

元祖癒やし系アイドルが電撃結婚する。吉岡が選んだお相手は、このほど6年ぶりに活動を再開させたばかりのロックバンド「SHAZNA」を率いるIZAM。2人の交際はこれまで一度も報じられたことがない。癒やし系と元ビジュアル系の
異色カップルの誕生だ。



スポーツ報知、渾身のスクープです。芸能スクープといえば、スポニチや日刊スポーツが有名ですが、やりましたね。

IZAMといえば、例の吉川ひなのとの「7日間結婚」が印象深いですが、あれは何だったんでしょうかねぇ…。
┐(´ー`)┌

今年はSHAZNAの復活新生があったり、舞台での活躍を増やしたりと活躍の目立ったIZAM。今度の結婚生活はどれくらいもつんでしょうか。吉岡美穂の体には赤ちゃんがいるとのことですから、失敗なきようお願いします。

ちなみに私にとってのスポーツ報知といえば、就活中、各部署の長が勢揃いした圧迫面接でボロボロになり落ちたという懐かしい思い出が(苦笑)。面接対策とは無縁の就活だったので、結果的にダメダメな状況を招いてしまいました。今から考えると、JRAやら他のスポーツ紙やらの面接も酷かったなぁwww
(-.-;)


○ワコール、京都パープルサンガとユニフォーム契約締結

観客“寄せて”成績“上げる”!?J1京都が来季から地元企業で、スポンサーのワコールとユニホーム契約を結ぶことが8日、分かった。女性下着ブランドがサッカーのユニホームを手掛けるのは異例中の異例で、超ハイテク素材を生かした高品質の“戦闘服”になるのは間違いない。J1残留を懸けて苦闘が続く06年シーズン。J1でお披露目するためにも残留は譲れない。

女性下着ブランドとサッカーのユニホーム。連想さえ不可能な“コラボ”が07年の古都で実現することになった。京都が来季からワコールとユニホーム契約を結ぶことが判明。ワコール製の下着、いや戦闘服を身につけたJリーガーが来季のリーグ戦に登場する。

「今までの女性下着メーカーというイメージを打ち破って、スポーツウエアも扱っているというのをアピールしたい」

本紙の取材に、ワコール広報部は決定に至った経緯を明かした。固定したイメージを脱却したいワコールに対し、地元密着型のチームづくりを目指すクラブは京都市に本社を置く同社にアプローチ。両者の思惑が合致して、今回のプランが実現に至った。

ただ、ユニホーム契約を結ぶパートナーは、当然のごとくスポーツメーカーが主だけに、Jリーグの承認を取る作業も難航。粘り強い交渉が実って、最終的には各クラブの合意を取りつけた。

女性用の下着がメーンの同社も、最近はスポーツアンダーウエアなども手掛けている。その一つが「CW-X」と呼ばれるもので、マリナーズのイチロー、プロゴルファーの青木功らトップアスリートが愛用している。運動性、快適性、吸汗速乾性に優れており、超ハイテク素材がそのままユニホームに流用される。

京都の梅本徹社長は「詳細は言えない」と明言を避ける一方で「楽しみにしといて」と交渉が順調に進んでいることを示唆した。

~スポニチより~


うちの会社とは縁の深いワコールさん。まさかサッカーのユニフォームに手を出すとは思いませんでした。
( ̄○ ̄;)

インナー系ならイチローと組んで素晴らしい商品を出されてますが、スポーツ用品メーカーでもあるまいし、大丈夫なんでしょうか。

もっとも、1番「大丈夫か」って心配なのは京都パープルサンガ自体ですよね。降格の可能性は限りなく高い…。


○スルツカヤ、引退せず?!

現役引退を報じられたフィギュアスケート女子で世界選手権を2度制したイリーナ・スルツカヤが7日、「まだ終わっていない」と話し、引退説を否定した。アイスショー出演のために滞在している米国で電話取材に応じた。引退報道に関しては「ばかげた話。記事を書いた記者に会ってみたい」とキッパリ。

某巨大掲示板をはじめ、あれだけ彼女の引退をオシムコメントで持ち切りだったのに、まさかの誤報ですか?!
\(゜□゜)/

鞘に戻らない刃 

はなのいろは うつりにけりな いたずらに わがみよにふる ながめせしまに

という小野小町の歌を少しだけ思い返していた。

人の心というものはなかなか分からないもので、本当に花の色が変わるのと同じように色づき、褪せてしまい、永久に続くと思われた蜜月すら何かの拍子に簡単に終わってしまう。

元来、軽薄に振る舞い、思慮浅薄で口から生まれてきたような下劣な男を日々演じている自分だからこそ、何も手元に残らないのだろうか。

ただひと時の清涼剤として「笑い」を提供するだけに終始し、そのたびに信頼や誠実さが剥がれ落ち、大事なモノを絶えず失っては悲嘆に暮れる。

その繰り返しが24年間続いてきた。

一向に貫き通したコトに巡り合えず、「飄々と」とは名ばかりの「寒々しい」自分がいて、ふと振り返れば、後ろには誰もいない。

一匹狼というには牙が丸くなり過ぎてしまった。

愛されるキャラクターをモノにするには汚れ過ぎて、優しさも足りない。

人望や畏敬の念とは無縁の道程――。

レーゾンデートルを他人からの必要度合いに求めるならば、人間としては疾うに失格している。

権力と強靭さだけを居丈高に主張し、裸の王様になるのが関の山だろう。

そこが限界。最低な最高到達地点。

独りでいることを恐れなくなって久しいはずなのに、時折、揺り戻しのように感情が零れてきて、頭を抱えてしまう。

どこで間違えたのか。

それとも天性ゆえの報いか。

収まる在り処――鞘――を求めて、あとどれくらい進めばいい。

ヒトを知り、ヒトに踏み込むのが少し辛くなってきている。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。