09 | 2017/10 | 11

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

宿願は成らず オルフェーヴル惜敗 

日本競馬の宿願は、残り20メートルで潰えた。オルフェーヴルは、7日に行われた凱旋門賞でゴール寸前に交わされ、首差の2着に惜敗。日本馬、そして欧州馬以外の初制覇はならなかった。

スタートから後方2番手を追走。大外枠の不利を克服するため、じっくりと構えて力を溜めた。懸念された折り合いも問題なし。直線に入った時の手応えは十分だった。満を持してクリストフ・スミヨン騎手が仕掛けると、オルフェーヴルは鋭く反応。一瞬で他馬を突き放した。勝利を確信するほどの差。それが“金細工”に隙を生んだ。凱旋門賞3勝の「ミスター・凱旋門賞」、オリビエ・ペリエ騎手の鞭に応えてソレミアが猛追。一完歩ごとに差を詰める。残り50メートルを切った時点で、脚色はすでに逆転していた。ソレミアが首だけ前に出てゴールイン。日本の夢は3たび霧散した。

エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタに次ぐ、3頭目の2着。健闘だが、関係者は悔しさを露わにする。スミヨン騎手は「先頭に立った時は勝ったと思った」と落胆。池江調教師は「勝つ力は十分にあった。勝たなければいけないレースだった。ただ、抜け出す脚が速過ぎた。あんなに切れるとは。切れ味が仇になった」と悔しさをにじませた。

それでも、世界最高の格式とレベルを誇る凱旋門賞を、勝つに値する走りは見せた。今後はオーナーサイドと相談して決めるというが、遠くないうちに“チーム・オルフェーヴル”はリベンジを果たしてくれるはずだ。日本の最強から世界の最強へ。それは決して夢物語ではない。

article-2214136-15654A9B000005DC-865_634x455.jpg
※英「デイリー・メール」を通じてお借りしました

---------- キリトリ -----------

勝ったと思いました。それほど抜け出した時の反応と脚色は圧倒的でした。どれほどの差を付けるのだろうかと胸が躍りました。しかし、残り100メートル。興奮は悲鳴に変わりました。明らかにソレミアの脚色が良い。そこからは「粘れ!」の絶叫でした。それでも、どこかで解ってしまいました。「これは交わされてしまう」と。競馬好きなら、嫌でも悟ったのではないでしょうか。事実、残り20メートルで逆転。悪夢は、現実になりました。

父ステイゴールド、母父メジロマックイーンという日本で磨かれた血統。勝たせてあげたかった。これだけのレースをしても、なお勝てない。欧州馬以外が勝っていない凱旋門賞の重みを、改めて実感しました。ただ、いつか勝てると思える。それは日本競馬の確かな進歩でしょう。

最後に。私のツイッター上では、普段は競馬を観ない人が多くの声援を送ってくれていました。フジテレビが地上波で生中継してくれたお陰でしょう。日頃、なにかと言われるフジテレビですが、その貢献には感謝を。そして、オルフェーヴルの挑戦を見守ってくれた全ての人に、心からの感謝を。
スポンサーサイト

和の金細工、凱旋門賞の頂点を狙う 

筆者は現在、テレビの前で凱旋門賞のスタートを待っています。なんと地上波(フジテレビ系列)で生中継があります。フットボールでいえば、日本代表がW杯の決勝を戦うようなもの。さらに、欧州の馬以外は過去に勝っていないのです。それほどの難攻不落。まさに“夢舞台”です。競馬ゲームでは、それなりに努力すれば勝てるんですけどね(苦笑)。とにかく、競馬ファンでない方にも見守って欲しく、こんな時間にではありますが、ブログを更新しました。1人でも多くの方が、生中継を通じてオルフェーヴルとアヴェンティーノを応援してくれたら幸いです。なお、オルフェーヴルは一番人気に支持されています。また、アヴェンティーノはマラソンでいう「ペースメーカー」役として出走します。

ヤンチャ坊主、史上7頭目の三冠馬に 

鉛色の淀の空を突き破り、新たな伝説が生まれた。春に皐月賞、東京優駿の“二冠”を制したオルフェーヴルが、牡馬クラシック競走最後の菊花賞で優勝。史上7頭目の“三冠馬”となった。

圧巻の“有終の美”だった。スタート直後は行きたがるそぶりを見せ、初戦から常に手綱を取ってきた名パートナー・池添騎手を手こずらせたものの、スタンド前を走る頃には落ち着き、中団の絶好位をキープ。3コーナーで軽く仕掛けると、スムーズなコーナリングで順位を上げ、直線の入り口では早くも先頭に並びかける。

次の瞬間だった。弾けるように脚を伸ばし、他馬を視線の遥か後方へと一気に置き去りにする。唯一、最後方で脚を溜めていたウインバリアシオンが追いすがるが、最後は抑えるほどの余裕を残してゴール板を駆け抜けた。

ゴール後に池添騎手を振り落としたように、まだまだ幼さの残る“ヤンチャ坊主”だ。しかし、それゆえに伸びしろを大きく残している。三冠は、あくまで通過点。日に日に輝きを増すダイヤの原石は、可能性に満ち溢れている。

---------- キリトリ -----------

後ほど、感想などを加筆します。

皇帝、逝く 

皇帝、逝く――。JRAは4日、1984年に史上初めて無敗でクラシック3冠競走を制したシンボリルドルフが、繁養先のシンボリ牧場で死亡したと発表した。享年30。デビューから8戦全勝で史上4頭目の“三冠馬”となったシンボリルドルフは、その卓越した強さから「皇帝」と呼ばれ、引退までに7つものGⅠを制覇。当時はまだ珍しかった、海外GⅠへの挑戦も果たしている。通算成績は16戦13勝。引退後はシンボリ牧場で種牡馬となり、皐月賞とダービーの二冠を含めGⅠ4勝のトウカイテイオーを輩出した。

一部報道によれば、シンボリ牧場の和田孝弘代表は「この2、3日やや体調を崩しており、3日の午後8時頃からは身体に震えが走るような状態になった。獣医師が栄養剤を投与するなどで様子を見たが、残念ながら4日の午前3時、眠るようにしてこの世を去りました。強かったルドルフの姿は、私だけでなく、競馬ファンの皆様の心の中にこれからも生き続けてくれると思います。今は心からありがとうという気持ちでいっぱいです」とコメントしている。

また、ルドルフの全レースに騎乗した岡部幸雄氏は「元気だと聞いていただけに、とても残念に思いました思い出は沢山あり過ぎて、一言で表すのは難しいですが、『自分の人生の一部』とも言える馬でした」と、死を悼んだ。

昨年11月26日には、ジャパンカップの30周年を記念し、久しぶりに競馬ファンの前に登場。健在ぶりを披露していたが、それから約1年後、天国へと走り去っていった。

sinboli_convert_20101129034847.jpg

---------- キリトリ -----------

筆者のような若造は、リアルタイムで観ていたわけではないため、思い出をつづることなどできません。

しかし、VTRや資料などを通じて、彼の偉大さは刻まれています。彼の戦績、レースぶりを見るにつけ、その稀有な“強さ”に圧倒されます。

速いではなく、強い。

これが私の持つルドルフ像です。

物凄い大差を付けたレースは、ほとんどありません。目の醒めるような末脚でごぼう抜きするタイプではなく、先行してスッと抜け出し、最後はいつでも誰より先にゴールする。

悠々と、綽々と。ひたすらに。

彼なら、シンザンの長寿記録も颯爽と抜いていくのだろうと思っていました。

「勝手な夢を押し付けるな」と怒られてしまいそうですね。

それとも、今頃は天国で「ワシの記録は超えられなかったようじゃのぅ」とシンザンにいじられて、苦笑しているのでしょうか。

日本の競馬史に永遠に刻まれる、史上初の無敗の三冠馬。どれほど歴史が進んでも、彼の強さは形を変え、語り継がれていくに違いありません。



「メジロ」が競馬から消える日 

競馬界で燦然たる歴史を築いてきた「メジロ」が、姿を消す。牝馬3冠を初めて達成したメジロラモーヌ、獲得賞金が初めて10億円を突破したGⅠ4勝のメジロマックイーン、GⅠを6勝した女傑メジロドーベルら数々の名馬を輩出したメジロ牧場が、5月20日で廃業する。1967年に開場したメジロ牧場は、97年と98年に年間獲得賞金が10億円を超えるなど、日本屈指の牧場に成長。生産場、所有場のJRAでの重賞勝ちは、平地と障害で121にものぼる。しかし、近年は不振。重賞勝ちは06年2月のメジロマイヤー(小倉大賞典)が最後で、年間獲得賞金も昨年は2億7000万円まで落ち込んでいた。今年も、東日本大震災の影響で関東圏の競馬が中止になるなどが響き、先週までで僅か3勝。同牧場は独立採算のオーナーブリーダーであり、存続は難しいと判断した。

44年の歩みに、終止符を打つ。

「解散の方向で動いていることは間違いありません。借金もありませんし、誰にも迷惑をかけない、綺麗な形で解散しようということになりました」

創業者である先代の故・北野豊氏、同オーナーの妻である故・北野ミヤ氏とともに栄光を勝ち取ってきた岩崎伸道専務が、廃業を認めた。5月20日で法人を解散し、繁殖牝馬や2歳以下の所有場も売却。現役の36頭は個人所有に変更する。洞爺と伊達の牧場は、大手牧場へ売却する見通しだ。

社台ファーム、シンボリ牧場、谷岡牧場(現・新和牧場)らとともに日本の競馬を牽引してきた名門の消滅に、競馬界は大きなショックを受けている。

※日刊スポーツを参照に執筆

---------- キリトリ -----------

早田牧場、西山牧場らの倒産、売却があり、名門とされる牧場の規模縮小も増えてきた中で、メジロ牧場の廃業。日本の馬産地が、いかに苦しいかが分かります。ここ数年、中央競馬は「社台系の運動会」と揶揄され、社台ファオーム、ノーザンファーム、白老ファームら出身の馬達の寡占状態ですが、今後も圧倒的な資金力を持つ彼らの独壇場は続くのでしょう。味気ない限りですが、資本主義、自由競争である以上、弱肉強食は“自然現象”。私のような一競馬ファンは、馬券を買って、競馬が盛り上がるようにし、淘汰される牧場が少しでも減るように支えるしかないのです。

最後に、「メジロ」の思い出を。私が競馬を始めたのは1995年ですから、やはりメジロの代表格はメジロドーベルとメジロブライトになります。もちろん、ゲームや書籍、ビデオなどでマックイーンやライアン、パーマー、アルダンらの勇姿は何度となく目にしていますけどね。

それから、メジロラモーヌやメジロドーベルといった最高の競争能力を持っていた牝馬から、ついに“傑作”が生まれなかったこと。彼女達を超える、あるいは同等の名馬が出てきていれば、また歴史は変わっていたかもしれません。メジロ牧場の方々は全力を尽くしたに違いありませんし、「名牝、必ずしも名繁殖牝馬ならず」と言われるように、その才は彼女達だけのモノだったのかもしれませんが、とても残念です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。