FC2ブログ

04 | 2021/05 | 06

【修正】ヴィクトワールピサ、世界の頂点に立つ 

ヴィクトワールピサが、世界の頂点に立った。第16回ドバイワールドカップに出走したヴィクトワールピサは、スタートこそ出遅れたものの、徐々に進出。先頭でレースを引っ張る同じ日本からの遠征組、トランセンドのやや後方に位置して直線を迎えると、鋭く抜け出してゴールに真っ先に飛び込んだ。これまで、多くの名馬が挑戦し、敗れてきたレースで、ついに日本馬が初優勝。2着もトランセンドで、ワンツーフィニッシュを決めた。震災に苦しむ日本に、競馬界から最高のプレゼントが届いた。

264679008.jpg



---------- キリトリ -----------

勢いで書いたので、文章のクオリティが低いのはご容赦下さい。

デムーロ騎手の涙でウルっときて、表彰式で「君が代」が流れた時には決壊しました。日本で大地震が起きてから、遠征していた日本馬の関係者の方々は、全力で「日本を勇気づける走りを」と努力してきました。それが、漫画や小説のように実現してしまう。もちろん、ヴィクトワールピサとその関係者の方々の力があってこそですが、もしかしたら競馬の神様が最後の直線で背中を押してくれたのかもしれませんね。

競馬を全く知らない方に、フットボールでたとえると「日本がW杯で優勝した」になります。ドバイワールドカップは4年に1度ではなく、毎年行われていますが、それでも言い過ぎではないはずです。過去15回中13回と、ほぼ毎年のように参戦しながら、トゥザヴィクトリーが2着した以外は惨敗ばかりでした。14回目の正直。素晴らしい快挙です。

興奮して寝付けないため、長々と書いてしまいました。日本では高松宮記念があります。そちらの予想も、きちんとしますので。

【修正】脇役から主役へ ナカヤマフェスタの華麗なる転身 

凱旋門賞制覇にあと一歩まで迫ったナカヤマフェスタ。私が初めて見たのは2008年11月22日の東京スポーツ杯2歳Sだった。新馬戦の平凡なタイムと渋い勝ち方――5番手からの先行抜け出しで首差勝利――が嫌われたか、9番人気という低人気。しかし、再び前から5番手の好位置でレースを進めると、直線は33秒8の末脚で、素質馬と評判のブレイクランアウトの猛追を退けた。地味ながらセンスを感じさせる走りと、それに反して安直な名前が、不思議と印象に残った。

地味。同馬には、どうしてもこの言葉がまとわりつく。

なにせ、京成杯の次に陣営が選んだレースは、朝日杯フューチュリティSでもラジオNIKKEI賞でもなく、年明けの京成杯だ。さらにカッコ悪いのは、初めて1番人気に推されたものの、アーリーロブストに逃げ切りを許して惜敗。3戦3勝、重賞2勝という煌びやかな戦績で皐月賞に臨む“理想像”は消失した。余談だが、「中山でナカヤマを買わないでどうする」と彼を“頭”に馬単を厚く買い、ズッコケたのをよく覚えている。

迎えた本番、世間はロジユニヴァース、リーチザクラウン、アンライバルドの“3強”ムード。彼の重賞勝ちを含む3戦2勝2着1回という戦績は立派だったが、華々しい経歴を引っさげてやってきた3強の前では平凡に映った。穴党の一部には注目され、6番人気に支持されたものの、レースは見せ場なく8着に敗れた。

続く東京優駿は、9番人気の低評価を覆して4着に善戦。ただ、馬券圏内でも掲示板ギリギリでもない4着という位置は、これまた印象に残りにくかった。秋初戦のセントライト記念では、先行して後続を凌ぐ久しぶりに“らしい”レースぶりで快勝し、2つめの重賞を手に入れたが、所詮はトライアルレース。しかも、最も菊花賞の成績に直結しにくいセントライト記念だ。そういうニッチなレースを勝つのも彼らしかった。

菊花賞を4番人気で12着に惨敗してしまうのも、必勝を期した中日新聞杯で13着に沈んだのも、彼らしい。上昇気流に乗ったかと思わせて、あっさりと期待を裏切る。ある意味では予想通りの結果だったが、ついぞ主役になれないまま、3歳シーズンは幕を閉じた。

そんな彼に転機が訪れる。4歳の初戦に際し、蛯名正義騎手から柴田善臣騎手への乗り替わりが決まった。国内外で幾つものGⅠを獲得した騎手から、GⅠ騎手ながらどちらかというと平場での活躍が目立つ騎手へのスイッチ。まさに地味×地味のコラボレーションである。

ところが、ウマが合った。メトロポリタンSは、自己最長着差となる2馬身差で完勝。オープン特別とはいえ、鮮やかな復活劇を演じた。

そして宝塚記念。地味な脇役の一人に過ぎなかった彼が、ついに主役へと躍り出る。時計のかかる馬場も味方したか、女傑ブエナビスタやグランプリホース・ドリームジャーニーら日本最強クラスを退けて優勝。GⅠ初制覇を成し遂げた。これまでの先行抜け出しではなく、中段から差し切るという勝ち方も、GⅠホースに相応しい佇まいだった。

人も馬も、才気は成功体験によって磨かれ、やがて開花する。これまでの浮き沈みを糧にして、彼は大輪の花を咲かせた。

トップホースとなった彼に、陣営は夢を託す。1999年10月3日、凱旋門賞で惜しくもモンジューの2着に敗れたエルコンドルパサーの“敵討ち”だ。ナカヤマフェスタの2歳~3歳時の主戦騎手・蛯名正義、管理する二ノ宮敬宇調教師は、過去にエルコンドルパサーを手掛けていた。「いつかリベンジを」。その宿願を叶えるため、彼とスタッフはフランスへと飛んだ。

凱旋門賞の“調整”に選んだのは、エルコンドルパサーが勝ったフォア賞だった。騎手には元パートナーであり、エルコンドルパサーを勝利へと導いた蛯名正義。結果は、逃げたダンカンを捕らえ切れず、2着に終わった。それでも、レース後の陣営は笑顔だった。本番を最高の状態で迎えるため、余裕を残しての出走ながら、不慣れなフランスの芝(深く、まとわりつくため、日本の芝と異なりパワーが求められる)に適応し、見せ場をつくっての2着。手応えは上々だった。

凱旋門賞は20頭中7番人気。フォア賞の内容から、戦前より評価を高めていた。レースは先行集団を視界に捉えながら中団に位置。末脚を溜める。途中、蛯名騎手が腰を落とすほどの不利を受けたが、上手く立て直すと、直線は外から鋭伸。英ダービー馬ワークフォースと併走する形で、一完歩ずつ先頭を窺う。最後はワークフォースとの一騎打ちとなり、火花を散らすような叩き合いが繰り広げられたが、頭差及ばず。11年越しの夢は、またも持ち越しとなった。

だからといって悲嘆に暮れる必要はない。彼は、まだ4歳。半年前には、オープン特別を走っていたのだ。苦労の末、脇役から主役へと出世したら、いつの間にかハリウッドでデビューし、アカデミー賞にノミネートされていた――人間の俳優で言えば、そんな夢心地。本当に実力が付いてくるのは、これからだろう。伸びしろは十分にある。来年にはドバイへの遠征も計画されている。凱旋門賞への再トライも視野に入っているはずだ。そこで頂点に立ち、日本中の競馬ファンが祝祭(=フェスタ)に興じられることを祈って止まない。

---------- キリトリ -----------

フジテレビONE、TWO、NEXTの3つを観られる利点を生かし、ナカヤマフェスタとヴィクトワールピサのレースは凱旋門賞を含めて全てチェックしました。後者は残念な結果に終わりましたが、前者は期待以上の成績を残してくれて、久しぶりに競馬で熱くなりました。その想いを、稚拙ながら書き記させて頂きました。

なお、凱旋門賞の動画は以下に。

http://www.youtube.com/watch?v=jn58KtYT8wk

鮮烈な赤、ドバイで弾ける 

日本時間5日早朝、ドバイ・メイダン競馬場で開催されたマクトゥームチャレンジラウンド3(GⅡ、オールウェザー2000メートル)に日本からウオッカとレッドディザイアが出走し、後方2番手からの大外一気でレッドディザイアが優勝した。レッドディザイア、管理する松永幹夫調教師、オーナーの㈱東京ホースレーシングとも海外重賞初制覇。ウオッカは8着に終わった。

※以下、netkeiba.comより

現地時間4日にドバイ・メイダン競馬場で行われたマクトゥームチャレンジラウンド3(北半球産4歳上・南半球産3歳上、首G2・オールウェザー2000m、1着賞金18万米ドル)に日本から昨年のJRA年度代表馬ウオッカ、秋華賞馬レッドディザイアの2頭が出走。

レースはグロリアデカンペアオン Gloria De Campeaoが引っ張り、C.ルメール騎手騎乗のウオッカは5番手、O.ペリエ騎手騎乗のレッドディザイアは後方2番手からという展開。直線を向いて手応えが鈍るウオッカに対し、大外に持ち出したレッドディザイアが直線強襲。ゴール直前、逃げ込みを図るグロリアデカンペアオンをわずかに交わして見事優勝。海外重賞初挑戦で快挙を達成した。

クビ差の2着はグロリアデカンペアオン、さらに3/4馬身差の3着はミスターブロック Mr Brock。日本のウオッカは直線失速して8着に敗れた。

【松永幹夫調教師コメント】
レッドディザイア自身もそうですが、私自身もメイダンで勝てたことが素晴らしいと思います。(本番はワールドカップorシーマクラシック)これから考えます。

---------- 終了 -----------

オールウェザーへの好適性を示し、選択肢は広がった。ウオッカが惨敗した今、ワールドカップで日本馬の強さを見せ付けて欲しいが・・・。

なお、動画はこちら。某巨大掲示板にもあったが、各馬の位置取りを表すアイコンがダビスタのようw

1人と1頭のリベンジ 第76回東京優駿 

挫折の苦味を知り、逞しくなった“新時代の子”に、栄光のシャワーが降り注いだ。第76回東京優駿。3年前に生を受けた瞬間からスタートした、7768頭による“マラソン”を、先頭で走破したのはロジユニヴァースだった。

一敗地にまみれた天才の鮮やかな復活劇だ。デビュー戦からいずれも先行押し切りの“模範解答”で無傷の4連勝。才気溢れる走りが高く評価され、皐月賞では断然の1番人気に推された。しかし、4コーナーで早くも手応えを失うと、14着に惨敗。手綱をとった横山典弘騎手が首を捻り、自虐的な笑みさえ浮かべる不可解なレースぶりで、初めて他馬の後塵を拝した。

“天才ほど脆い”は、人馬を問わない共通項だ。1度の挫折が致命傷となり、そのまま表舞台から消え去っていった俊英は枚挙に暇がない。ロジユニヴァースも、皐月賞の“後遺症”に苦しんだ。調教の動きは鈍く、状態が一向に上がっていかない。1週前追い切りを終えた横山騎手も「見て、自分で判断して勝手に書いていい」と、いつになく歯切れが悪かった。

ただ、体重が戻ったのは好材料だった。前回のマイナス10キロから16キロの増加。スタッフの献身が実り、最低限の立て直しには成功していた。道悪も、馬場の渋ったラジオNIKKEI賞、弥生賞で強さを見せた彼にとっては望むところ。数日前から降り続く雨は、まさしく“恵みの雨”と言えた。ファンの支持は2番人気。前走の着順で見限られてもおかしくなかったが、復活に賭ける“想い”は深く強く、そして多かった。

メインスタンド前で北島三郎が高らかに国歌を唄い上げる。「晴れ男」を自認する大御所の声音に弾かれて、晴れ舞台を覆う無粋な雨が退散していく。次いで金管楽器で象られたファンファーレが府中の杜に響き渡り、11万1891人の大観衆に熱が灯る。競馬界の大晦日にして元旦、東京優駿の開演だ。

40年ぶりという不良馬場は、さながら2400メートルの田んぼだった。そぼ降る雨を満杯に吸った芝が脚元に絡み付く。その加重を一歩ずつ踏みしだきながら、質量数百キロの疾風達が遮二無二前へと突き進む。

ロジユニヴァースは、絶好のスタートを切って内ラチぴったりの3番手につけた。眼前には、皐月賞で共に苦杯を舐めた5番人気のリーチザクラウン。皐月賞馬のアンライバルドは後方から4~5番手にポジションを取った。1000メートルの通過タイムは59秒9。この馬場にしては速い時計を、NHKマイルCとの変則2冠を狙うジョーカプチーノが先導する。だが、それも4コーナーまで。失速するジョーカプチーノと入れ替わるようにしてリーチザクラウンが先頭に躍り出る。その内に、最短距離を回って押し上げてきたロジユニヴァース。1頭分の僅かな隙間に滑り込むと、温存していた末脚を炸裂させる。そこからはリーチザクラウンとの我慢比べ。武豊と横山典弘、同期にして東と西のトップジョッキーが火花を散らす。

叱咤の鞭に応えたのは、ダービーを4勝し「何度でも勝ちたい」と目を輝かせる武豊のリーチザクラウンでなく、「30年かけてでも勝ちたい」と初勝利に執念を燃やす横山典弘のロジユニヴァースだった。残り400メートルを切った辺りで抜け出すと、最後まで力強く伸び続け、リーチザクラウンに4馬身の差をつけて栄光のゴール板へ飛び込んだ。

横山典弘騎手はデビュー24年目、15回目の挑戦で初勝利。過去に2着が3回あった。メジロライアンでの2着で非難を浴びたこともあった。当時22歳。今と変わらぬ歯に衣着せぬ発言を貫いていた彼は、ここぞとばかりに叩かれた。それから19年――。

派手なガッツポーズは無かった。インタビューでも「とにかく必死だった。ゴールまで本当に長かった」と苦闘を振り返った。しかし、“あの時”と同じようにヘルメットを脱いでスタンドへ頭を下げた彼の表情は、謝罪でなく喜びと感謝に彩られていた。彼もまた“挫折”を乗り越えたのだ。1人と1頭の天才が果たしたリベンジ。東京優駿の歴史に、今年も新たな物語が加わった。

---------- キリトリ -----------

※終盤がちょっと尻すぼみになった感じがして納得いかないので、改めて加筆・修正するかもしれません。

※文章家として失格ですが、解説すると「“新時代の子”=ネオユニヴァースの子」、横山騎手のヘルメットのくだりは、ライアンで負けた時には謝罪のために頭を下げていたのが、今回は喜びと感謝で頭を下げていたということです。

※ちなみに予想は近年になく大外れ。