イングランド2部サザンプトンに移籍した日本代表FW李忠成が28日、FA杯4回戦のミルウォール戦でデビューした。1−0でリードした62分、MFバーナードに代わって出場。アウェイ席に陣取ったサザンプトンのサポーターから大声援を浴びての初陣だった。シュートを一本も放てないなど目立った活躍はできず、チームも86分に追い付かれて再試合を余儀なくされたが、27日に正式契約して直ぐの試合での起用は、ナイジェル・アドキンス監督からの期待の表れ。次こそは、この日もゴールを挙げたエースのランバートの相棒として名乗りを上げてみせる。

−−−−−−−−−− キリトリ −−−−−−−−−−−
「サザンプトンの基本情報」
<概要>1885年11月21日、セントメリーズ教会が"St. Mary's Young Men's A.F.C." (St. Mary's YMCA) として設立した。その後2回の改名を経て、1896‐97シーズンに南部リーグを制した後に現在の名称となった。愛称は「セインツ」。タイトル獲得はFAカップ(75−76)のみ。クラブの会長はNicola Cortese(ニコラ・コルテス)で、イタリアやスイスの銀行員を経て、09年から現職を務めている。
<スタジアム>2001年からセント・メリーズ・スタジアムをホームとしており、3万2690人を収容する。UEFAが認定する「4つ星」のうちの1つとしても知られ、イングランド代表の試合も行われる。なお、04−05シーズン以降は常に3万人以上を動員。なお、プレミアリーグに昇格した際には、5万人規模への増築が予定されている。


<指揮官>Nigel Adkins(ナイジェル・アドキンス)
現役時代はGKで、主にウィガンでプレーした。選手生活晩年の93年から3年間、ウェールズのバンゴー・シティでプレーイングマネージャーを務め、94−95シーズンにはタイトルも手にしている。
06年11月にはスカンソープ・ユナイテッドの監督代行に就任。直前までフィジオセラピストを務めており、就任時はスタジアム中にサポーターの「Who needs Mourinho, we've got our physio」(「モウリーニョのような監督を望んでいたら、フィジオを得た」という意)というチャントが鳴り響いた。
しかし、手腕は確かだった。クラブをリーグ1優勝へと導き、チャンピオンシップへと昇格。40年余ぶりの快挙だった。結果、「ザ・サン」から「エマージェンシー・ボス・オブ・ザ・イヤー」に選ばれている。
翌シーズンは残念ながら降格してしまったが、翌シーズンはプレーオフを勝ち抜き再び昇格。こうした実績に目を付けたのがサザンプトンだった。
2010年9月12日、リーグ1からの即昇格を目指すサザンプトンと3年契約を結ぶ。同シーズンで2位に入り、任務を完遂。今季もここまで昇格圏内の2位につけている。
<エース>Rickie Lambert(リッキー・ランバート)
09−10シーズンからサザンプトンでプレー。同シーズンは29得点、10−11シーズンは21得点、今季もここまで15得点と、ゴールを量産している。イングランド2部では傑出したゴールゲッターで、188cmの屈強な肉体を生かしたパワフルなプレーが持ち味。ただ、いわゆる「電柱」ではなく、独力でゴールを陥れられる。
<ライバル>David Connoly(デイビッド・コノリー)
元アイルランド代表のベテランストライカーで、今季はリーグ戦20試合6得点。プロでは291試合131得点、アイルランド代表では41試合9得点を挙げている。上背はさほどなく、これといった強みはないが、得点感覚に優れる。サザンプトンでは09年からプレーしている。FWでは2番目のゴール数で、李はまず彼にポジション争いで勝つ必要がある。